光源氏前史の物語 その3
Published on Sep 27, 2026
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第三段 若宮の御袴着(三歳)
この御子三つになりたまふ年、御袴着のこと一の宮のたてまつりしに劣らず、内蔵寮(くらづかさ)、納殿の物を尽くして、いみじうせさせたまふ。
この御子(光源氏)が三歳におなりになる年、御袴着のことも第一の皇子の着なさったのに劣らなく、内蔵寮、納殿の物を尽くして、それほどなみなみではなくいらっしゃる。
分析する前に、言葉の意味を調べてみようとします。まず、内蔵寮、「くらづかさ」と読み、とは宮中の金銀財宝や装束などを管理する職、またはその人であります。二つ目、納殿、「おさめどの」と読み、とは宮中や貴族の邸宅で、貴重品・衣服・調度などを納めておく職、またはその人であります。平安時代、それに今までにも残っているの、人の称でその人を呼ぶという伝統でしょうね。
前の段にも、帝が通らあそばすときには、他の女房たちの心を「尽くす」という表現もありましたので、この文にある「尽くして」もおそらく同じ意味で使われている可能性も低くないと思います。例の伝統で、その意味で考えてみると、この第二の御子、光源氏であり、御袴着でも帝が女房の心を乱せるのように、納殿などの宮に仕えるものの心も乱されるのでしょうか。
最後に、初めて読んだときには、「たてまつる」とは謙譲語の表現だとわかっていたので、大変混乱させて、わからなくなっていました。が、念の為、もう一度辞典確認してみたら、その謙譲語という意味が普通に補助動詞として用いられているが、本動詞の場合には、「着る」の尊敬語であるのです。すごく意外とびっくりしましたが、その瞬間、この文の意味が通じているようになりました。
それにつけても、世の誹りのみ多かれど、この御子のおよすげもておはする御容貌心ばへありがたくめづらしきまで見えたまふを、え嫉みあへたまはず。
それにつけても、世界の非難が多かったけど、この御子の成長していらっしゃる御容貌の気性はめったにないめずらしいまでにお見えになるので、お羨みきれになれない。
この文には、まだ曖昧なので、数日にわたって考えておりました。たどり着いた結論は、帝または桐壺更衣が、この第二の御子の成長していらっしゃる姿に対する気立てなどはこの世にないほどめずらしかったので、他人に非難されていて、他の更衣たちがいかにも羨みこの上がないということです。でも、どうやら納得できなく、何がまだ足りないという感じをせざるを得ません。
ものの心知りたまふ人は、「かかる人も世に出でおはするものなりけり」と、あさましきまで目をおどろかしたまふ。
ものの事情を知っていらっしゃる人は、「そのような人も世間に出ていらっしゃるものである」と、驚くまで目を覚めなさる。
この短い段の最後の文であります。「心知り」というのは、事情が知っているという意味になれるので、それにしておりました。しかし、そのセリフの内容は把握できないと思います。直接に翻訳しろように言われたら、おそらく「出世なさるものである」だと翻訳してしまいそうですが、そのセリフの中の「けり」の働きはまだ正確にあてられないと思います。たとえ、普通のように、過去の助動詞だとしたら簡単ですが、過去の場合には、この第二の御子が古の人と同じ点だというものでしょうか。あるいは、過去ではなく、詠嘆という意味を持つ場合には、今の「よ」か「ね」かのような働き方ならば、語るべき点ではないではありませんか。
渋谷先生の現代翻訳版においては、セリフの後の文節を、「驚きあきれる思いで目を見張っていらっしゃる」に翻訳していましたが、「見張る」という意味が「おどろかす」からでしょうね。他動詞化した「おどろく」であり、今はただ驚きあきれるとかびっくりとかという意味を持ちながら、昔には寝る状態から目を覚めるという意味を持ったので、その場合に他動詞化しても、主な意味と同じ筋を持っているはずだったと思いましたがね。