光源氏前史の物語 その2
Published on Sep 15, 2026
5,904 characters • 20 min read
第二段 御子誕生(一歳)
先の世にも御契りや深かりけむ、世になく清らなる玉の男御子さへ生まれたまひぬ。いつしかと心もとながらせたまひて、急ぎ参らせて御覧ずるに、めづらかなる稚児(ちご)の御容貌(かたち)なり。
前の世にも約束が深かっただろうか、この世に比べるものないほど清らで美しい男の御子さえお生まれになった。(帝は)あまりにじれったくお思いになられて、急遽に参上させて御覧になると、めったにない御子の御容貌である。
甲の分は少しわかりにくう、契とは誰の約束、または誰とのはそんに明瞭ではなく、桐壺更衣と帝の関係の比喩などもありえそうで、またはただの平安時代にあった深い恋愛のことを示す文学的な表現のみでしょうか。が、まだ気がかりで、乙の文にはまず二重敬語が使われたので、すぐ帝のことだなと推理できませども、御覧ずとは「見る」の本動詞の尊敬語であることはわかっておりながら、明瞭な尊敬の高さが見当てられなく、古語辞典調べても役にたてず、ただ中世時代になったら「らる」という尊敬の助動詞を伴う形にて用いられるようになるそうだけで、はっきり敬語の高さの段階まだとけまいか。
内容は語るべきことがなく、誰でも読めばすぐ光源氏の誕生だとわかるので、ざっとお飛ばしします。
一の皇子は、右大臣の女御の御腹にて、寄せ重く、疑ひなき儲の君と、世にもてかしづききこゆれど、この御にほひには並びたまふべくもあらざりければ、おほかたのやむごとなき御思ひにて、この君をば、私物に思ほしかしづきたまふこと限りなし。
一の御子みは、右大臣の女御から生まれて、後見もどっしりしていて、疑いのなく次の天皇とする皇太子だと、大変に世の人が大事にお養い申し上げるけれど、この(第二の御子の)御容貌にはお並びになれなかったので、だいたい高貴なことをお思いになって、この君を、秘蔵になさって大切になさることはこの上がない。
ここからも突然に別の人物紹介なので慎重に読んで解きたいと思います。一の皇子は光源氏の別の名前ではないということはありありとわかっており、桐壺更衣の子だと前から言われたうえ、この皇子は右大臣の女御の子であるのを加えて、光源氏のせうとという人物でしょうか。こなたたちが知っている口語には、「御腹にて」は確かに変な表現だと思いがちですが、意味も通じていますよね。
古文には、「ば」という接続助詞がただ仮定の場合にとどまらず、今のように順接接続や逆接接続といった意味も持っていました。「もて」という言葉も助詞ではなく、接頭語であり、動詞の頭に付けばその動詞を強調して意味を強まらせるということです。しかし、まだ直接に翻訳できなかったことが、「おほかたのやむごとなき御思ひにて」は、誰の思いでしょうか、第一の御子を育てる義務を持つ乳母や女御などのことでしょうか、それにその一の皇子こそのお考えでしょうか、はっきり見当てられません。
学ぶ教えるというサイト調べてみたら、その大切にお思いになるのは帝が第一皇子に対して、と書いてありました。
初めよりおしなべての上宮仕へしたまふべき際にはあらざりき。おぼえいとやむごとなく、上衆めかしけれど、わりなくまつはさせたまふあまりに、さるべき御遊びの折々、何事にもゆゑある事のふしぶしには、まづ参う上らせたまふ。
初めから、(桐壺更衣が)普通に(天皇のお側に)上宮お仕えになるべき身分ではなかった。世間の評価がとても高貴な人らしいようすであるけれど、(帝は)どうしようもなく絶えずお側にいさせるあまりに、然るべき管弦の遊びの折々、どんなことにもわけある時の折々には、人より早く参上させなさる。
甲の文には普通の敬語を使い、それに上を仕えるという意味ですから、桐壺更衣のことだとすぐわかります。が、乙のほうが、「やむごとなし」とか「上衆めかし」とかという形容詞が使われていたので、これずっと前から桐壺更衣のことではないとわかって、「まつはさせたまふ」という文節に着いたら、二重敬語のことからようやく帝のことだとわかるようになりました。
そのかみの表現も現代に比べたら結構違いますよね。「遊び」だけで、現在なら普通の戯れか外に友達とあらゆることしたりするか、そのかみは「管弦の遊び」という意味を持ったのですね。同じく、「まとはさせたまふ」は、実に「纏う」の言葉ですが、使役の助動詞が付いて、「纏はす」にならば、「お側にいてほしい・お側にいらせる」という意味になってしまいます。
ある時には大殿籠もり過ぐして、やがてさぶらはせたまひなど、あながちに御前去らずもてなさせたまひしほどに、おのづから軽き方にも見えしを、この御子生まれたまひて後は、いと心ことに思ほしおきてたれば、「坊にも、ようせずは、この御子の居たまふべきなめり」と、一の皇子の女御は思ほし疑へり。
ある時には、(帝が)おやすみになりすぎて、そのまま仕えさせなさって、むやみに御前から離さずとお振る舞いになれるので、もしも身分が低い方にも見られると、この御子をお生まれになってのちは、(帝が)非常に特別にすぐれていると思ってお決めになったら、(一の御子の母親のセリフ)「坊にも、もしかすると、この御子がおなりになるべきであるようだ」と、一の御子の女御は思ってお疑いになっている。
すごく長い文でしょうね。この場合は最後の部分を除いたら全部は帝を主語とする文だと思います。「大殿籠る」という言葉は最高尊敬語であり、「ねたまふ」や「いねたまふ」などの普通の一般的な敬意を持つ言葉や補助動詞などより敬意が高く、帝はほかないと推理しておりました。
購読中、普通ならばただ意味を推し量れば大丈夫でしょうが、平安の言葉とその時の文法にて小説を書いておるこなたには、言葉遣いや表現などから助詞や読点などに至るまで存分に注意を払わなければならなく、それにとどまらず、長く長く伸びていて川のように美しく物語を編んでいるという文の書き方も見習うべきであり、どんな細かいことでもきちんと汲み取れなければならないのでしょう。例えば、そのかみの言葉に頼るだけなら「もしかすると」という意味を伝えたいなら、「ようせずは」という表現を使うべきでしょう。それに、御覧になった通り、紫式部様が普通に言葉の主な意味だけお使いにならず、例と言うと「軽し」という言葉は重さのことではなく身分のことでしょうね。
しかし、まだ明瞭にわかることが残っていて、その御子のことを「おなりになる」とおっしゃった女御のセリフの意味であります。「なる」というのはどんな動詞でしょうか、そのかみの御式でしょうか、それにどんなニュアンスを持っていたでしょうか。
人より先に参りたまひて、やむごとなく御思ひなべてならず、皇女たちなどもおはしませば、この御方の御諌めをのみぞ、なほわづらはしう心苦しう思ひきこえさせたまひける。
他人より先に内裏なさって、高貴なお思いは格別で、皇女たちなどもいらっしゃると、この御方の御忠告をのみを、やはり面倒で心苦しくお思い申し上げあそばした。
まじで難しかったでしょう。主語がばらばら、読点がある度に主語が変わりそうで、追いつけないようになるのも不思議ではあるまいか。文の流れを沿って節ごとにいうと、一節目と二節目が普通な一般的な敬語が使われたので桐壺更衣でしょうと当てながら、三節目には主語がありありと示されたので皇女たちでしょうかなと推理しましたが、それから文末まではなんか変すぎて、特に「思ひきこえさせたまふ」という連文節であります。なぜなら、「きこえ」は特に謙譲語の表現で動詞につくものですが、「させたまふ」というのは二重敬語のもありうるのですが、使役という意味と一般的な尊敬語の可能性もあると思います。悩んでいたあげく、紫式部の書き方には使役の助動詞を使って尊敬の敬意を表す傾向がありますから、二重敬語のほうが適切でしょう、と思うようになりました。
かしこき御蔭をば頼みきこえながら、落としめ疵(きず)を求めたまふ人は多く、わが身はか弱くものはかなきありさまにて、なかなかなるもの思ひをぞしたまふ。御局は桐壺なり。
恐れ多い御庇護をお当て申し上げながら、見下す欠点をお求めになる方は多く、(桐壺更衣は)わが身はとても弱くどうしてもたよりないありさまで、かえってしないほうがいいとお思いになる。居所は桐壺である。
前より簡単になって、楽でしょうか。意味もはかばかしく通じており、帝の御寵愛を当てになさる桐壺更衣は、多くの他の方が欠点などを探していらっしゃるので、まさに肉体まで影響されて、弱く病気がちになる御様子であったので、もともと帝の御寵愛を受けないほうがよかったとお思いになってしまうのでしょう。でも、最後の文には、意味が通じていますが、何が伝えたかったでしょうかはわかりません。「御局」とは天皇を仕えなさる女御、女房の居場所である、と単に辞書に書いてあったので、ただ断定的に情報を語るのみと思いますが。
あまたの御方がたを過ぎさせたまひて、ひまなき御前渡りに、人の御心を尽くしたまふも、げにことわりと見えたり。参う上りたまふにも、あまりうちしきる折々は、打橋、渡殿のここかしこの道に、あやしきわざをしつつ、御送り迎への人の衣の裾、堪へがたく、まさなきこともあり。
(帝は)多くの方々のすぐ前に過ぎあそばして、すきまがないほど前渡って、人の御心をおなくしになるのも、実に道理にかかっていると見えた。(桐壷更衣が)内裏なさるときにも、何度も何度も、打橋、渡殿のあちこちの道に、無礼なことをしつつ、送り迎えの方の裾、堪えがたく、思いかけないこともある。
ここからはまた二重敬語が使われているので、帝のことほかならないとわかっておりながら、特に複数の意味を持つ曖昧な所があります。「ひまなし」という言葉は、ただ隙間がないという主な意味を持つのでしょうが、その隙間も物理的なもの以上に、この人々には心の余裕がないという意味もありえると思います。次の文に進む前に、「ことわりと見えたり」というのもわかりにくいです、形容動詞だとしたら「極め」などの意味を持っていながら、普通に名詞だとしたら、「道理」という意味があります。が、そのかみには一体「道理」は何でしょうかは、見当がつかないのです。
前に申したのですが、時々自分も書いてみたいので、表現や言葉遣いなどにかなり注意しています。たとえ、「うちしきる」のはあることがたびさかなったり、何を繰り返したりするという表現であり、現代語辞典だろうとも文語辞典だろうとも、そう書いてあったのです。
ところが、この文末はあまり明瞭ではないと思います。結果論かもしれませんけど、渋谷先生の現代語訳版を見たら、上宮にてあちこち通っていらっしゃる桐壺更衣には、他の女房たちが憎むようになっていて、考えられぬほど気がかりで裾の音がさらさらと音を立てるようになるということと思います。でも、これは正確だとお考えにならないでください。自分の考えに過ぎませんでした。
またある時には、え避らぬ馬道(めだう)の戸を鎖しこめ、こなたかなた心を合はせて、はしたなめわづらはせたまふ時も多かり。
また別の時には、サケて通れない馬道の戸を閉めて、あらゆる方々が合わせて、恥ずかしい思いをさせて、(桐壷更衣が)苦しめさせなさる時も多かった。
短い文なのに、語るべき点がいっぱいあるのでしょう。そのかみの建物の二つの間につなぐ橋みたいな中心にある廊下であり、このパーツからそのパーツまで行きたいなら、この廊下を避けることができないうえ、この廊下も取り外せるので馬が通るときにそう取れることから、馬道となった。そのため、「え避らぬ」というのは文語の不可能の仕組みであり、「〜ことができない」という意味になるので、その馬道の日常に影響させる程度がかなり表せるようになるでしょう。
他の女房たちがその桐壺更衣のあちこち通っていらっしゃるのが嫌になる前の文について、通らなければならない廊下の戸などをお閉めになって、例の更衣に恥を知らせたがるときは多かったのでしょう。けれど、まだ「こなたかなた心を合はせて」というわからない場所の意味は把握できませんでした。渋谷先生の現代語訳には、「示し合わせる」という意味になっていますが、自分が読んだ時には力を合わせるのほうが感じました。もう申したんですが、自分が文学専門家ではないので、渋谷先生の版のほうが正しいと思います。
事にふれて数知らず苦しきことのみまされば、いといたう思ひわびたるを、いとどあはれと御覧じて、後涼殿(こうらうでん)にもとよりさぶらひたまふ更衣の曹司を他に移させたまひて、上局に賜はす。その恨みましてやらむ方なし。
ことがあるごとに、数えられぬほど苦しいことだけが増えると、(桐壺更衣が)とてもひどく思い悩んでいるので、ますます哀れだと(帝が)御覧じになって、後涼殿にお側にお仕え申し上げなさる更衣たちを他の場所に移させなさって、空いている部屋を(桐壺更衣に)与えあそばす。その恨みをなおさら慰めようがない。
この段の最後の二つの文であります。この翻訳には全部自分にて翻訳したわけはなかったのは、辞典を調べていたときに、例文にも略現代語訳があったので、自分を遠慮できずに見てしまったからであります。
この二つの文には、興味深い表現もありますね。「ことにふれて」を書いて「ことがあるごとに」という意味を伝えるのをはじめとして、「曹司」「上局」「やらむ方なし」ともあります。本当に読めば読むほど、いとど興味が強まるのでしょうか。
最後に、まだ気になる所であり、「のみまされば」とて。前と同じく、この「のみ」はおそらく副助詞にすぎないと思いますが、「まされば」というのは何でしょうか。翻訳版には「増やす」という意味にしたのは、「まさる」という言葉が存在していて、「増やす・増える」または「すぐれている」という意味を持ったからであります。それに、今はもうあまりに用いられていないんですが、「ば」というのは仮定のことのみならず、普通に順接接続助詞の役目も果たせるので、今の「と」にしました。でも、これは正確とは言えないので、ご興味がありましたら是非自分で信頼すべき現代語訳をご参考ください。