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第一章第一段

光源氏前史の物語 その1

Published on Sep 11, 2026

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第一段 父帝と母桐壺更衣の物語

いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。

いずれの御代にせよ、女御・更衣多くお仕え申し上げなさるの中に、高貴な身分ではないが、きわだって御寵愛をお受けになるものはいた。

有名なる頭部だね。

この文は一名の人物を紹介している、どの帝の支配時期にこなたたちはわからないけれど、ある時に、多くのその帝お仕え申し上げなさる女御・更衣の中には時別に寵愛お受けになる方がいらっしゃったということです。それに、この人物の歴史または身分のことをも語り、高貴ではあらずと、身分は全てという平安時代においては少し矛盾を迎えるそうでしょう。

はじめより我はと思ひ上がりたまへる御方がた、めざましきものにおとしめ嫉みたまふ。同じほど、それより下臈の更衣たちは、ましてやすからず。

はじめから自分をそのように自負していらっしゃるかたがたは、意外のことを見下ろして嫉妬なさる。同じほどの更衣、またはそれより低い身分の更衣たちは、もっと心おだやかではない。

勿論帝の寵愛をお受けになるものには、お受けにならない方がたがひどく羨ましくて恨むようになり、それに加えて、同じく高い身分ではなくても一層に羨ましくて自分の心まで乱れているようになったのでしょう。最初に読んだ時は、「我はと」は変な言葉遣いと思って、「はと」という助詞があるかなと辞書調べてみたら何も出ませんでした。でも、これは「は」と「と」の二つの別々の品詞にて、甲は格助詞であり、乙は「あのように」または「そのように」の意味持っている副詞であって、と翻訳していました。

これからは一つのことを気がつきました、平安時代の言葉には「思ひ」で始めるのが多かったと。

朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もりにやありけむ、いと篤しくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえ憚らせたまはず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。

毎日の宮仕えにおいても、人の心を乱すばかりで、(桐壷更衣は)恨みを背負うこと積もっていただろう、ひどく病になっていき、ものさびしげに実家に下がっているのが多く、ますます(帝は)もの足りなく哀れにお思いになって、他人の非難なども気兼ねなさることができず、世の例にもなるべき御待遇だ。

なんかすぐ難度が大変上がっていたのでしょう。前の文はまだ中学生までもわかりやすかったんですが、この文を読むと、いろいろ意味で推し量れる上に、敬語の段階も曖昧で、ロジックに頼ってだけで見当がつかないのでしょうか。自分のノートに語ごとに調べて分析したあげくその現代語翻訳にたどり着きました。

難しいところをわけていくつかあるか全てお伝えします。「人の心をのみ動かし」という文には、先ず「のみ」とは動詞であり、動かすという動詞が補助しているものという思っていましたが、のむという動詞の意味であればすごく変になると思って、それでまさか普通の程度表す助詞に過ぎない場合であるが強調するために打倒されたものだと考えてみれば、いかにも納得できるふさわしく思います。この文もきわめて面白くて勉強になるものいっぱいありながら、もっとも興味深いのは連体終止方であり、普通のように終止形で文終えなく連体形で終えるということです。まだ解けないものが残っていますし、「あはれなるものに思ほして」の「に」とはただの方向を表す格助詞にや、聞いたことがない接頭語にや、正解に言えませんが、当てられるくらいならを断定の助動詞を回答にしています。

上達部、上人なども、あいなく目を側めつつ、「いとまばゆき人の御おぼえなり。唐土にも、かかる事の起こりにこそ、世も乱れ、悪しかりけれ」と、やうやう天の下にもあぢきなう、人のもてなやみぐさになりて、楊貴妃の例も引き出でつべくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにてまじらひたまふ。

上達部、上人なども、よくなくて気にくわなく目を側めつつ、「あるまばゆい人物のこと思わせる。中国にも、そのようなことの起こりがあったこそ、世間は乱れて、悪かった」と、しだいに地上にもにがにがしく、人の悩みの種になって、楊貴妃の例をも引き出すべきようになっていくが、ひどくきまりが悪いことが多いけれども、もったないこの世に比べるものがない御気立てを当てにして宮仕えなさる。

この文は結構長くなっていたため、正直正確に翻訳できるかどうかは確かに言えません。概要の内容が通じていますが、その時代の言葉は普通に複数の意味を持ちっぽくて、こなたのまだまだ成長できる範囲に限ってはあてはまれません。

たとえ、「あぢきなう」とは主に二つの意味を持っている、「どうしようもない」と「にがにがしい」であり、翻訳版に選択したものはもう御覧になった通りでありますが、「どうしようもない」の意味を持たば、「地上の人々がどうしようもないほど」という程度を表す可能性も否定できないと思います。同じく、「はしたなし」という言葉も複数の意味を持ち、「不似合いだ」や「きまりが悪い」などの違和感を迎える意味でありながら、どっちが正しいか想像しにくいです。「きまりが悪い」の場合ならば、桐壺更衣こそが恥ずかしく思っていらっしゃるのでしょうが、「不似合いだ」の場合ならば、この桐壺更衣はまだ楊貴妃と違うのでまだ比べるべからずという意味もありうると思います。

最後の文にも曖昧なところがあります。桐壺更衣が帝の寵愛を頼りにして続いていらっしゃるのはありありとわかりますが、その帝の寵愛を修飾する形容詞はどんな意味を持っているかしらとまだ悩んでいます。恐れ多いという意味もありえますが、もったいないという意味もありえますが、両方同時にその文に意味重なり合ってもっと強いイメージを作るという可能性もあると思います。

父の大納言は亡くなりて、母北の方なむいにしへの人のよしあるにて、親うち具し、さしあたりて世のおぼえはなやかなる御方がたにもいたう劣らず、なにごとの儀式をももてなしたまひけれど、とりたててはかばかしき後見しなければ、事ある時は、なほ拠り所なく心細げなり。

(桐壷更衣の)父が大納言で亡くなって、大納言の正妻で昔ふうの由緒があった母であり、親がそろい、今のところ世間の評判が栄えている方々にもたいして劣らず、何事の儀式も処理していらっしゃるけれど、とりたててはっきりとして後見しないと、事件がある時はやはり頼り所もなくて心細い様子である。

第一段の最後の段落でしょう。この部分は桐壺更衣の歴史または由緒を語っていましたが、変なことに、普通に物語であれば、すでに起こった事柄なので、過去形や過去のことを表す助動詞といった使われるのはやはり期待していましたが、文語の原文には、結構使われていないらしいでしょう。渋谷先生の源氏の世界における現代語訳も確認しましたので、いよいよ混乱するようになりました、先生は普通現在の事柄を記述しているみたいなものを過去形に翻訳なさったので。正しくはないかもしれませんが、こののちにも原文そのまま翻訳しようとしたのです。

それに、自分の翻訳もいかにもまだ曖昧であります。文の頭部には桐壺更衣の由緒などについては確かめられるのですが、後には誰が、桐壺更衣こそにてか、桐壺更衣の母親にてか、どうしようもなく見当てられません。その上、誰がどんな儀式もてきぱき処理なさるのも不明で、母親でも間違いはなさそうですが、更衣でもふさわしそうです。最後の文にある頼りどころという言葉があって、前の段落によっては更衣こそが帝の寵愛を当てにしていらっしゃるのですが、ここ文にはあるたより所がなう、という書いてありましたね。