かかる日
Published on Jul 13, 2026
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序章 かかる日
落ち降る日
地よりよばひを
いといたう
火まで届くに
いかにゐたまふ
そのかみまではあるまじく、地緩れ、ときをり稲妻具する雷落ち、あさましきほどいと大きき雨なりけり。いとやむごとなき際にはあらぬが、ありがたく優るる力持ちたまふに、火の一家と地の一家と合へば天下にわたりて崇めらるるものにつきづきしき、いとど優るる力持ちを生し得ると思ほしてあひの結ぶをば望み持ちたまひけり。地のあるじは、あひての御所より帰りたまひたるときに、御考へに迷ひ、いかによばはすべきとや、すでに大きくなりたまひける若君の、まだおとなしからず、逢ふことなどゆめゆめ考へたまはぬを、あひての女のうつしくやさしくうやうやしう、あふべかるかと、わづらひたまひけり。
雨の音にてこころづくし、己の地が混ぜぬのありありとわきたまひ、おそらくまだはやく、いまからをさをさかしづかば、十八つになるに、げに御頭下がらずそちに御消息書きかつるやうになると望みたまひけり。木の強き風に揺るを眺めたまひ、外は人の影一人だにあらず、ありく一歩ごとに裾と畳の擦るのと石畳に叩くの耳障りの曲にこそなりけれ。
「いづこにか出でたまひし」
「ことさらならず、ぞ構ふべき事なき」
背きたまひて答へ、また深く息とりたまひけるが、若君もせめて重ねず下がりたまひけるに、いとほしみの浮かべ、やうやう人を参らせ、いまから御子のこといよいよあつかふべかれとのたまひしときに、外に雷落ちけり。あすのあした、なべて御子の十六つになる日に、氣のことわりも分きたまふになるべく、うへの真地のごとき地の種ならむ。しかれど、おぼろけなれば、なほ力強ければ強きほど、いとけなきころよりときをり氣の流れを通して目にも見ゆるやうになるべきが、また考へて悩みたまひける、この御子はのみ前からすがらつゆ何も出でず、とて。他の家と比べまほしからざりつつ、あひての女は、同じき年にしては、うつしくあらゆることに使ひこなし、すでに火のことわりにてうへの人より上手にぞなりけるを。
また深く息取り、さらさらと並みに小さき机に御腰落とし、御筆を取りつつ、一巻の巻物平らにせさせられ、長き間に空きの黄かがりたる巻眺めたまひけり。しかれど書きたまはぬを、また御頭上げ、何かはるかにあるやうに、雨の白幕通してまた眺めたまひけるに、何時経けるか知らず、筆から滴るの巻に染めながら、まさに動くことなくそこにてゐたまひけり。魂あくがるるがごとく物せり、後ろのたが足音も聞こさぬに、あさましがられたまひけり。
「地大臣、すでに暮らしならむ」
後ろに振り、愛子の影御目に入りて、まだ時の経たるの知りたまはず、あたふたまた見出でたまひ、輝く星々の昇る清らなる空なり、いかにその星々の弱き光だにも御目閉ぢさするほどまばゆくと思ほして、しらず瞬きたまふの多かり、またいつから大きく黒き染みたる前の巻に御目向け、またかつ後ろの影に振りて、やうやく息とりて頷きたまひてのたまはく、「下がらばよし」とて、言ひ切りにて再び小さきうめきを立てて机の方に向き、しばし染眺めて、その巻物を元のやうに巻き、筆も机にてあるべき所に戻し、さらさらと立ち上がりたまふに、後ろの大臣の家も無言のさまに立ち待ちたまふ御影が持てる灯に照られたり。地大臣は、もう一度見出で、いまの所に月の光浴みられたるのまほなり、とろとろとあひ出で歩きたまひけり。
時はたれたりとも待たず、こころぐるしく待ちたまひけるが、げに来るか来ぬかの中に迷ひ、日ごとに遠くから守り、一度たりともなむよろしかると祈りてやまぬに、御子の十六つになりたまふ年なり。その日、東の対に向かひたまふ地大臣は、御子の例より早くつとめてからすでに驚きたり、あさましがりて寄せて、一言のたまはく、
「何か出づる、汝がかかる日に」
御子は振り向かず、のたまはく、
「今まだなし。しかれど、我が父な悩みたまひそ。我が中にて父の大きき偉大なる氣の力を感ずる。いつか出づべかるを、待ちたまへ」
「むべ、何をすべかるかは、汝も知らむ」