Back to The Tale of the Hidden Light and the Proud Iron
Chapter 2

The Summon from Above

Published on Aug 20, 2026

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第二章 うへの召し

この世にて うへにすまはじ 道あるが 歩みたければ なほさかふべし

あさましく驚きたまひけり。その夢覚えず、ここはいづこか、今いつかさへも乱れて知りたまはぬが、周りはまだ暗く、少し遠くから弱き白き光注がれたり、いづれまで寝たまひけるや、まだありありと御覧じかてぬに、御目にて白き霧あるがごとく、速く瞬きたまふ多かりけり。すでに夜なりけり。窓からその光は、雲のなく黒き空に昇る煌めく星々と、あやしく輝く満つ月ありけり。この屋の中に他の影あらず、机の灯も灯されず、そのつとめてからの衣着たまふ残りけり。御頭上げたまひ、丸なる月御目に入り、その月のあやしき美しさにこころ奪はるるごとく、しばしうつつなく眺めたまひけり。

かかる日のこと忘れて寝たまふとか、げに姫君としてつきづきからぬに、その御子のやうなる方のいもとしてさらにつきづきからぬを。いつから寝たまふにか、先ほどの女房はいづこに通ひたり、いつから残させたるか、事は何となりけるか、御頭のすでに乱らるるやうにてあらゆること次々浮かべ、ずちなくやすくならざりけり。

ふたたびいねにえ沈まず、おそらくえ寝ぬと思ほすを、鈍く机向かひて、その灯されぬ灯のまへに立ちてうつつなく眺めたまひけり、その机の上のものが動く震ふるごとき。御体からの光に照らされ、机も闇から出で、筆はともかくも、和歌とふみとにきなど書かるる巻物は、昨日と同じくまだ巻かれず閉ぢたりけり。しばし机の方眺め、御頭に何かあるのも知らず、やすきかやすからぬかもありありとわかず、ただそこに立ちたまひけり。とろとろとそこに御腰落として、この世にあらずあくがる御目のまへにて、己が書きたまはぬ他のものの巻物ありけり。

灯もつけず、御体からの光にても足る、遅く巻開けたまひけり。

「なほ姫君ののたまふことにまさしかし。鉄なり。うへの御目と御耳に着きて、召されしを、父母もあさましきのあまりに、姫君も召すらむ。七日後、宮まで一家にてあひ通ふべしと」

その事終わりけむ、なほ太郎のことなれば、さだめてよろしくいくべしと信じがひありけるを。かすかなる微笑み御顔に戻り、乱らるる御頭もやうやうやすくなり、やうやく御手伸び、御指から小さき輝く粒放たせて灯つけたまひながら、戻るやうにすがすがしく巻きて御側に置きたまひけり。けふのにきにや、またはいまさら昨日のにきにや、いづちの正しきかえ覚えぬがかまひたまはぬに、ただすこし書かまほしくと思ほすが、何書くべきかと悩みたまひけり。例ならば、御頭からはやき瀬の流れがごとく、あらゆるもの何につきてもたやすく書きかつるが、この夜のあやしくまばゆき月の光のもとにて、何もえ考へぬを、長く動かず筆も拾はず、もの思ひに深く沈みたまひけり。それに、事も入らせられたまはず、つとめてからの語りあひ確かに大切なることなるが書くべきものならじ。窓に御目向け、月の光まだまばゆかるに、御目閉ぢされず、瞬かず眺めたまひて、にきえ書かねば和歌とすれば、この何か書かまほしかるのも潰らせかつらむ。

軽く少し暗きあかりの光の御側は、とろとろと筆取りながら、まだ書かず新しき巻開けて、しばし両目閉ぢたまひけり。息も止むやうに遅くまで下がり、先ほどの作りたる光の粒も震へ始め、屋の中にて壁に映らるる一つの影も震へながら、その影の持ちたまふ方はつゆ動かず、周りにわたりて風もなく一音もなく静かなりけり。いづれの時の経たるにか、やうやう御目ふたたび光受くるやうになり、取りたる筆軽く握り、すみに入れながら、慎みにて、つらく少し硬き紙のうへに漂ふやうに一字づつ書き始めたまひけり。

「妙なりて おどろかせられ   弱き影 外より注ぎ 満つ月たらむ   かかる日に いとはづかしき   かのことに また障りしを いと詫びしかる」

こころも知らず、一つの涙御頬から転びて、巻物に当て跳ねぬが、一つのしみになりたり、まだ干さぬ字広く染ませけり。袖とともに御手鈍く上げて残りたる涙ふき取り、まへの巻に御目落として、またもの思ひに沈みたまふにみえけり。しばしのあと、涙もやむらし、軽く長く嘆きたまひ、ふたたび微笑み御顔見つけて、いつも悲しければその方もさまよはすべかる、笑はで他の人も笑はすまじかる、と思ほし、速く墨入れの巻物と筆などあるべき所に戻らせて、御指のかすかなる振りにて灯の中にある光の粒もかつ消え、さらさらと立ち上がりたまひけり。窓の方に歩き、けふの最後の御覧ずる度がごとく、まへと違はずあやしく輝く月に御目向けながら、この度は乱れと悲しみにて月の光答へたまはぬを、例のやうなる暖かき微笑みにて、いづれの祈りにか、御胸に御手置かまに眺めたまひけり。やうやく窓から下がり、畳の床に下りて、まだ微笑み失はず御目閉ぢたまひけり。

鳥の音にか、それによりやすきいねから驚きたまひけり。長からぬが、ありありと夢覚えたまひける、人並みの家並みある道にて、おととあひ走りてあらゆる氣の類見ゆるやうになる夢なりけり。昨日より遅くまで寝たまひけるが、まだつとめてたり、鋭く立ちて、別の衣に替へ、化粧、あまたの例のことなだらかに漂ふやうにか速くせられても、夜からの微笑み残りけり。

けふは北の君が東の対に向かはぬに、外出づべしと思ほすときしも、蔀開けられけり。

「いぎたなしと思ひたまひしが、なむあさましかるを、早く驚きたまひけりかし」

大きき笑ひ持ちたまふ姿まへにあり、違はず御容貌なり。しかれど、すでにふき取るかかりあるが、御額にてまだ水のやうなるもの転びたるのを悟りたまふが、せめて聞きたまはず。

「御幸なり」

音にしたまふほど笑ひて、中に入りたかるやうに手招きたまふに、中の方も軽く頷きたまふを、速く中に入りて後ろの戸も閉ぢたまひけり。一の姫君は、初めの言葉のたまひたきが、先にのたまふのは姫君ならざりけり。

「昨日の事にこころにくしう思ほしけむ。落ち着けたまへ、よろしくいきき。それに、うへの召し、聞きたまはけるや」

何ものたまねども、おとはたやすく心読まるることに、乱れのあまりに御口まだ開けまに立ちたまひけるが、しばしの無言のあと、また御口から出でけり。

「聞きつかうまつりしが。太郎のことなれば、召すべかるが、いかでおぼろけなききはあるこなたもを」

「まことに、そのうへの思ほさするものえわかぬ。げに姫君に迷はせたからぬが、父母もことわりのせふそこも送りたまひけるが、御答へ待つ限りなり」

なほ東の君も知りたまふまじと思ほし、かすかにこころもとなく御頭下げたまひけり。もの思ひに沈みたまひていとこころにくしかる姿御覧ずるを、声上ぐべしと思ほし、背きまに御喉鳴かせたまひけり。

「父母も姫君忍びたまはまほしかるに、うへの召しこそなれ、さかふまじ。しかれど、何起こるとも、これのこと信じたまふがよし、みまかるとも守るゆゑ」

「みまかると、のたまひしのこころづきなきが」

太郎は、己ののたまひしことにとみに答へたまふのに、あさましがりて鋭く振り返り、しばしそれにいかに答ふべきかと惑ひたまふを、笑ひたまひけり。まだ御頭上げず、例のやうに弱く煌めきたる御手に御目向け、御口動きたまふやうにみゆるが、御前には届かじ。その御姿続かせたからぬごとく、またその無言のさま破りて声上げたまひけり。

「光とは、五つの聖なる力の一つなり。うへも、その五つの一つの類使ひたまはせたるらし。おのづからうへも助けたまはすればよろしかるやは」

「しかれども、そのことは悩みまどひつかうまつることなり。光めづらしとわくが、周りの方々の中にはその五つの使ひ手、あらじ――」

御顔かつ皺み、まめになる東の君は、しばし姫君と太郎の知る人々の中には光の類使ふものあるかのあまり、確かにその前におはする姫君のみなり。御目細めて、まだ御頭下げまに立ちたまふに御目向け、何か言ふべかると悩みて、慰むともそのうつつ避くまじと思ほすを、無言にしたまひけり。それに、姫君のことこそ知りたまふを、おのづからおほやけにて二年前の光放てば、姫のみならぬが一家のことにもかからるるものもあるに、いまはその怯えもわきたまふやうになり、なほいとけなきころから、己にかかるればかまはぬが、他の人にかかるればずちなく悩み悩みたまはむ。御手伸び、強く振りたまふ瞬に、鉄の塊畳の床から生え上がり、まだ泣きさうにみゆる方包みけり。

「例の嬉しく喜びたまふ姿、すでに消ゆるやは。これの悲しきをりに、いつよりも、よろしくいくべしと慰めたまふを――」

また、少し御喉鳴らせて、御頬にて赤み出で、一段と姫君が少しのみ遠ければえきこえぬほどかすかなる声にて続きたまひけり。

「よろしくいくべし、とや」

塊からかすかなる音きこえけり。その中の方が袖にて御口覆ひて御肩軽く震へて、御体からの輝きも弱くか強くかなり、たまひたる御覧じて、かつやすくになり、先ほどのまめなる御面もなくなり、細めたる御目も緩びながら、例の声にてまた上げたまひけり。

「な覆ひたまひそ。とかく、何いへども宮に通ふまうくべしかし、姫君も」

「なほ――」

塊から出で、先に網戸開けて出でたまひ、まだお手にてお口にありまに。残らするものは、しばしそこにて立ち、窓に振りて、すでにそのかかるまで昇りたる日がと気づき、朝の例のことに遅れさうにみゆるを、御手にてまた強く速く振りながら、先程の塊も空に消え、あからさまなる灰色の粒残らせて、あたふた追ひたまひけり。


五、六日も経たり。

ある日、たれが渡殿渡るがごとく妙なる音により驚き、窓の見出でたまふときに、まだ日の光なく暗きあかつきなるめり、かかる暗きときにも寝ぬか、と思ほしけり。まだ寝まほしかるを、その方もおそらく見らるまじと思ほし、立ち上がらず寝衣に御顔沈みて御目閉ぢたまひけり。ある間経たり、またある音によりふたたび驚かせられ、まへと同じき音ならむ、片目まだ閉ぢたるに、戸まで向かひ軽く横にしたまふを、東の対の方の渡殿にて人影あるめり、そこもそこの蔀しづかに開けてとみにその中の暗みに消ゆるやうに、あくがるやうにて御頭まだ回るごとき、小さき音とともに戸閉ぢて中に倒るめり鈍く歩きて落とし、さらに考へずいねに沈みたまひけり。いかにも、次のあしたは、げに何も覚えぬか、ただの妙なる夢にすぎぬか。

ある日、例の書きたまふときには、外からの女房のあひ語りきこえけり。暗き屋にて得るものあるを、火のつかひて求むなり、と思ほし、筆やすく巻物の側に置き、戸に跳ねてこまやかに開けたまふに、外にある女房と随身にあさましがらせて、よければこなたの力使ひたしとのたまひけり。姫君ならず他の方ならば、おそらくあまりに怯えてとみにさがるべかるが、姫君こそなれ、かへりてあまりに喜びてかしこまり言ひまどひて、屋まで導かれたまひけり。空まだ日あるが確かに暗き屋なり、その中の灯も破れたるにみゆるを、中に入りたまふときに、中は御体からあやしき光に浴びらるるに、女房と随身もとみに器など取り、さと北の対まで後ろから導きけり。さがるまへにも、あらためてかしこまるとか、戸閉ぢて、一人になりたる中に残る方ありけり。字も干しけむ、と例のゐる所に戻りたまひけり。

あるいはある日、神殿にて、たれも祈るべきやうになることなり、父はすでに働きおはしたるが、めづらしく母と会ひたまふことなりけり。火のつかひてとする母は、いうなる手振りにて氣そのものと魔などにあらゆるもの参りたまひ、何かしづかに一言のたまふらむ、姫君に御目向けずさと外出でたまひけり。またあくがるやうにおはしけるが、この世にまた引きたるのは乳母なるを、まへに進み母と同じく氣に祈り参るとしたまふが、やすく終はらせじ、御体の周りに輝く粒と霧のごときものが包みて、先ほどの母の残りたまひし火も消さるるのみならず、先の方々の祈りとする粒も消えけり。消ゆといふより、そのあらゆる色の氣の粒などは、姫君の方に引かれたるめり、しばし喜ぶやうに回りて包みて、やうやう御体に入りてまさに消ゆるに、なほ例の事の果てとはこなたなるべしと思ほして、鈍く上がり、乳母と女房と外に出でたまふとともに、その屋も光に浴びられぬやうになりけり。


その日なり。例よりつとめてから驚きたまひ、そのかかる日に遅くまで寝るを叱らると思ほし、日も昇りたらぬばかりにすでに己にて化粧、あたらしき衣着など例のことまほにしたまひて、そこにゐてよみかけの本読みて待ちたまひけり。本の世に眺めたまふに、もう十八つになりけるが、恋のふみなどゆめゆめえ思ほさぬを、本の中の女は、しあはせに満ちたり溢らるる命送りて、日の遠くにある一文字の後ろに沈みたるかかる夜より、他の家から通ふ男のなほよさぶ声が、外から聞こえ、外に聞こえさせぬと密かにふみに和歌詠みてまねび、巻物にて女の氣も染みとして残りけり、その人こその印のやうなりて。日の経経、いつも夜待ち、ひねもすいかにふみ書くべかるか、いかにふみこそに己の氣も含まするか、他のことも知らずそれのみ悩みて、おそらく和やかなる命送るらむ。

本低く持ちて御顔に押し、いつから御目にも涙あり、窓通して見出でたまひけり。長く息づくと、もの思ひに沈ませたまふを、その飛びたるやう破りたまふは親しむ方がたなりけり。

「姫君、去りたまふときなり」

「化粧も涙により崩りたるを」

御目にさと向けたまひ、乳母と女房なりけり。いつもはなはだしくいうなり、いとはづかしと思ほし、御頬にある水とみにふきとり、また本に御目落ちたまひけり。

「いとけなきころから恋の物語など好きたまふらし」

聞きたまひて、御頬にて赤み湧くめり、隠らせたきが、例のまばゆく輝く御肌にては、その赤み一段とありありとみえ、日暮がごとし。