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新卒就職

卒業申請を送ったのち、就職しなればならないとわかっているが、いかで今まで仕事ができないかしら。

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令和8年9月14日(月)

この月、正確に9日であった、大学に卒業申請を送った。多分この頭部だけ読んだら「あら変だな、こいつ普通なら姫君のように丁寧に書くのが」と言ってしまうのは、たまたま普通の日常会話の日本語でやっていないとだんだん衰えてしまうと思うからである。証といえば、IELTSのスピーキングというの受けていたとき、日本語で喋ったところも結構あったのだ。

これから卒業生リストを待っているところで、早ければ早いほど就職できれば幸いだと思い、あちこち応募していたが、ここまで二週間くらいになると、明るい結果は一切なかったというのだ。国内企業にせよ、外国企業にせよ、言語を問わず、どこか働き始めたいという気持ちだね。実は、元知り合いの中に、十年間にわたって無職で毎月失業保険をもらい、ファッション、健康サービス、文学のようなこなたの趣味などを語ったら、すぐあらゆるの物事を言い訳にして自分が金の問題があってそんなに楽に生きられないという文句言ってばかりの人がいた。普通に書いているときは他人または読者にはいつも尊敬語を使うのに、この人には全く敬意を持つことはなかった。ちょっと調べたら心理学または医学には、隠れ自己愛という症状にいくたり一致しており、その人に相談してみると、「お前が俺を利用したいんだ」と直接に言い返した。その瞬間、自分までわかるようになった、この人がもともと救われたくはあらず、とて。もともと、百五十以上キロで、毎日ゲームしたり、自分のファッションや外観ケアなどより新たなゲームやモニター買ったり、いつも金持ちを責任取らせたがったり、こなたの困難を聞いたらすぐベトナム人のほうが生きやすいと言ったりする人を、利用したいとも、どこがやくにたたろう。

今日、ずいぶん長い間合わなかった前の心理に関する役人に会った。正直、どう和訳したらいいか、こなたもわからず、医者などでもないし、大学通っていなかったわけでもないし。とにかく、この方と相談しようと、これからの就職は何すればいいか、というのを話題にして一時間くらいかかった。内容を単に伝えていくとともに、自分の考えなども言うのをきっかけに、自分の記憶をもっと深く刻ませたい。

もっとも大事な質問である、あなたの就職目的は何だ、とて。本当に言うと、周りの同級生がみんなだれでももう立派な仕事を見つけて、毎日社会に貢献できるようになってから、なかば自分が何かに負けそうで、なかばはまだ不明で明瞭に言葉にするのできない気持ちであり、自毒になりやすいと思う。が、早く仕事できないと、いよいよ後れられて、一生同級生追いつけないという気持ちから逃げ出せず。それに、自分が公立大学より卒業生であり、人並みよりうまくいけそうなのに、いかにも今まで仕事ができず、日々が経つたびに、あまりに不安さに包まれてくるのだ。しかし、どこから見ても、自分が他人に劣らず、まさかもっと上に立っているかもしれないけど、どういうことでまだ仕事ができないのはいかで自分の責任だと思っている。例のアメリカ人になりたくないという気持ちが気が遠くなるほど嫌っている。死んだほうがましなほど嫌である。

例の心理学の方によると、あらゆる道があるが、どちらも当然その利害がある。数ヶ月の暇時間を使って、自分の能力を成長させながら、よい会社に応募して、いつかできたら人並みより高く始められるというのが、時間を経ちすぎるのなら、いつまでに次の卒業生ができたら、自分が後れられて、結局一年間を無駄にした可能性もある。その一方、今給料が安くてたやすい仕事を即時に受けたら、あまりに忙しくなって、一生その場所にとどまり、海外旅行はおろか、自分の国津々浦々までもできなくなると後悔するのも手遅れという道である。そのため、自分の能力はどれくらい、それに自分にはどのくらいの時間を尽くせるか、と聞かれた。

慎重に考えてみると、ベトナム語母語で、英語準備なしでIELTS七点五で、日本語能力試験二級百四十点で、わざわざうまくいけそうな言語知識で、年末に一級を挑もうとしながら、自分の技術的な知識も広くて、怖がらなくどんな話題でも挑戦できて、そのうえ、自信も持っていて、人前に提供したりパブリックスピーキングしたりするのも全然平気で構うことなく――自負しているかもしれないが、どこから見ても自分も「悪くはない」と言いっぽい。しかし、いかにも変なことに、それは本当であれば、なんで今までまだ就業はできまいか。自分こそのせいと思うほかはなけれ。

先週はあるデンマークの会社に応募した。二時間の面接を受けてから一週間、拒否メールが届いた。本当に少しがっかりと言えば嘘で、まじで自分の魂まで信じていた、この会社にある職が自分に一番ふさわしいと。だが、そんなに簡単ではあるまいか。自分の同級生たちも、就職するときも同じく苦しかったろうか、または外の目から見えるようにすぐ給料が高い職をみつけられ、それから人生の安定さも定められるようになるのだろうか。メールによると、自分の長所は、高い適応性やあらゆることに経験あることや挑戦など挑む気があることなどと書いてあるが、短所といえば、キャリア目的がないことや成績を語る時明瞭に伝えてこなかったことといったのである。これからどうすれば、まだはっきりとわからない。

自分の同級生のことといえば、本当に自負したいわけではないが、自分が求人側だとしたら、そういうの人雇うはずがないと思う。例の心理学の方も、自分を、求人側の立場に置いて、そちらのほうが何が欲しいと考えるべきと言ったのに、考えみたら自分を雇わないとするのはますます不思議になる。それは例の自己愛だろうか。そう考える考える、自分の欠点は何だろうと。例えば、その友が英語能力も自分より上手ではないし、自分の思想を載せられるブロッグや日記などもないし、自分のサイトまでは生成AIにて作られたので自分のものに注意を払わないし、おおさっぱで詳細や細かいことに気にしないし。それだけではなく、大学にいたとき、一緒にプロジェクトしたことがあるので、その人のやりかたもかなりわかるようになった。たとえ、ギットなどの重要な開発向けツールでありながら簡単な使用方もわからなかったり、自分が何をしているのかもわからぬほど生成AI使用し過ぎたり、詳しく理解できない技術などは経験あると言ったり、格好いいからと思って仕事に違うツール使ったり――それに収まらなく、もっと物事があった。それなのに、この人が就職できた。それならば、ただ自分の能力を完全に伝えることができずとか、自分が足りないとか、なのか。

木之本桜