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「竹取物語」

竹取物語という原文講読

Published on Aug 23, 2026

Updated on Aug 24, 2026

17 min read


令和8年8月23日(日)

【竹取物語】

この間、源氏物語を読むのに疲れて、敬語重なるのは多すぎて言葉遣いもわかりにくいと思いましたため、竹取のまとめた原文という本を、正確に8月7日であった、あさましく安い値段の百円ばかりでキンドルで買っていたしました。それから、読書中に、面白く思う語るべき点もノートにメモしておきましたので、読み終わったのをきかっけにこれから語りたいと思います。

最初のページをめくりましたときは、文がほとんど短くて源氏よりもっと簡潔で読みやすくて、言葉遣いもそんなに複雑でなくわかりやすくて、あさましく驚きました。それに、いかでわかりませんけれど、買いました版は旧字体を使っているらしう、辞書調べてもよろしいでしょうが、結構時間もかかりそうになって、たった三六ページのみの本にも数週間かかってしまうようになりました。

最初のページにも、竹取翁がある光っていた竹の中にある人みつけ、子にして大切にして育てるという物語の人物の紹介する内容でしょうが、まだわけが説明してあるまいが、翁はその子を示す言葉も尊敬語使ったので、この子は人並みではあるまいという雰囲気が出来上がりました。平安や上代などの時代には、他人に対していつも敬語使うべきのか、ただの性格にすぎまいか、正直に存じませんけれど、そうではない場合ならば、翁がその子に尊敬語を使ったのは、意図的にある関係なるにやある予示なるにや表したがったようになりましょう。

赫映姫を求婚なさる君たちや帝などの参上する時も結構尊敬語使われていながら、前に申した通り源氏ほど複雑ではなく、自称敬語や二重敬語や最高敬語といったも帝が主語ならば普通に使われていたらしいでしょうが、思いましたよりわかりやすかったでしょう。その上、助動詞の選び方も結構紫式部と違って、婉曲や意向などを表す「む」と「むず」もよく使われ、とてもめずらしく思いますが時々「る」と「らる」と類する受身・尊敬・自発・可能表す助動詞の「しむ」も多くあり、「なむ」「ぞ」「こそ」というの係り結びも強調のために使われながら、源氏には時々連体形で強調して文終えるということもありましたけれど、竹取のほうが頻繁に強調の係助詞を使っているでしょう。意味を多く持つ助動詞と表現を使っていても、ときどき文もひどく長くなるとも、ほとんどの文が単純で短くて、一語ずつの意味わからなくても主点が通じていました。セリフの堺が少し曖昧だったのは、買った版が読点の場所が変だったかもしれませんけど、誰が誰に言っているのかは幸いにかはっきりと明瞭でありました。例えば、想像した通りに、赫映姫は謙遜で、誰に対しても相手に尊敬語を、自分に謙譲語を、こなたがあこがれるとても見習うべき方ですと思います。

では、分析内容について語る前に物語の概要から初めるので、これからはネタバレ注意でしょう。昔、竹取翁がいました。山に竹取りに行ったおり、光っていた竹の筋をみつけ、中には小さな娘がいて、自分の子にして育てました。大きくなりつつ、容貌がこの世に比べるべきものがあらぬほど美しい赫映姫は、誰の求婚としてもお気に入らなくて否定したがっていました。ある日、五人の君達が家に通って、赫映姫求婚なさるためなので、赫映姫から求めたい物を出し、公平のために求婚の試験のようなものでした。現代のアニメなどを御覧になったりする方なれば、どこかでお聞こえになったでしょうか、仏の鉢と、蓬莱山の玉の枝と、火鼠の衣と、龍の首の玉と、それで燕の子安貝と、一人につき任務を与えようということでしょう。詳細はあとにしますので、結果は誰一人も手に入れず、ひどい目におあいになったようになりました。たった一人の娘でその五人の衰退を聞こえあそばした帝は、知りたがって竹取翁の家に出て、一目御覧じたかったでしょう。あまりに気の毒の気持ちでしたが、求婚したくもあらぬ赫映姫を残しておかえりになられました。この後、8月(あら、偶然でしょう)の満月に月の京都から人々が迎えて来るという話が聞いて、絶対に許すまいと決した翁は帝のお助けを求め、千人以上の兵隊が整われていましたが、天人の御前にはどうしようもないほど役に立たず、翁と嫗は赫映姫の昇進の後にあまりに悲しく、病気になりました。それで、赫映姫が残した不死の薬もお飲みになられなかった帝は、ある静岡の地域にて近い山に持ってそこで焼けと仰したので、その煙が立ち上る峰ある山はフジという名前になることでしょう。

では内容要領もおわかりになるようになったので、文章にある語りたい点について述べたいと思います。赫映姫は以下の五人に求めるべき物を取りに行ってと言いました、石作皇子に天竺ににある仏の鉢を、車持皇子に蓬莱山の白玉の枝を、右大臣阿倍御主人に唐土にある火鼠の衣を、大伴大納言に龍の首の五色の玉を、最後には石上中納言に燕の子安貝を、とて。石作皇子を抜いて、全員がひどい目にあったそうでしたが、自分の読解能力を自信がなかったので少し疑って、再三再四仏の鉢の章読みましたが、本当に恥ずかしくさせたの以外には、特に他の君達のような人生こそに危うくもありませんでした。例を出しましょう。

蓬莱山の枝取りにいらっしゃる車持皇子は、日本上一番腕前が高い師匠たちを集め、例の枝のそっくりを作らせながら、自分が三年にわたってある場所にこもりましたけれども、竹取翁に問われた時は、自分が主人公の設定した多難の冒険の話を編んでお伝えになりましたが、その師匠たちがまだ金や褒美などもらわないということを竹取翁に告げるようになり、あまりにはずかしくてそれからその方の姿は誰にも表せることはなかったのでしょう。章の最後には、その皇子が師匠たちに殴られたということ誤解していましたが、恨みにや妬みにや、師匠の褒美などを全部捨ててから姿お消しになったということのほうが正しいでしょう。

次には火鼠の衣の話に進みます。右大臣阿倍御主人は、ただ自分の人を買えと派遣なさっていましたが、どうやら偽物を手に入れ、竹取翁の家に持って赫映姫に上げましたという話でしょう。わざとではあるかあるまいかこなたもあてられませんけれど、「買い」と「甲斐」が同音の掛詞の可能性も結構高いと思いました。さて物語に戻って、火鼠の衣ならば火につけても焼くまいと赫映姫は言って、火かけようとすれば、めらめらと焼いてしまったので、皇子ははずかしさの中におかえりになりました。ここまで聞けばそんなにひどい状況になるまいとご存知でしょうが、他の三人に比べてみたら幸運だと思いましょうか。

残る二人ははやく語ります。龍の首の玉を取りにいらっしゃる方は、自分の使にお金や食料などを与え、取りに行けと命令なさりながら、誰も伺ってくれまい、自分の同士にわけて自分の好きな場所に行くばかりで、どれまでお待ちになっても結果になれなかったので、怒っていて船に乗って龍に殺しに行こうとしましたけど、途中で激しい嵐会い、船長の助言聞こえ、神に祈って龍を殺すのお諦めになった瞬間、風も弱くなり、波もおだやかになり、ある国に到着なさるようになったので、その旅とってのちは病気になって、衰えてしまいました。最後の人物とは、燕の子安貝を取りにいらっしゃる石上中納言が、燕の巣をお握りになったときには落ちて骨折ってしまっても、子安貝を手にいれられず、やっと諦めて、自分にも自分の仕える人々にもあの女の家にくるなと仰しました。前の話と違って、この話には、掛詞がわざとと思っています、子安貝の「がい」とやり甲斐の「甲斐」とて、もともと子安貝がなかったので、取り甲斐も最初から存在しているまいでしょうか。

その五人の君達の忌まわしい運命をお聞こえになられました帝は、好奇心によるか、みすがらで自分の目で御覧になりたう、竹取翁の家にいらっしゃい、奥に入って、直接に赫映姫の一目だけでも一生忘れない顔御覧になって、強引に求婚したかったでしょうが、赫映姫が気に進まないという景色を御覧になって、気の毒におかえりになられました。最初読みましたときは、この帝はあながちにみえましたが、自分の気持ちを抑えられてお帰りになれたのは少し意外ですと思いました。ところで、この章に、初めて自称敬語というものをはっきりと体験していただいて嬉しかったでしょう。

最後の章に辿り着いたでしょう、自分の買った版には、「天の羽衣」と名付けていましたが、オンライン版などにはよく「赫映姫の昇進」のように名付けっぽいと思います。この章は、何といえばよろしいか迷っていましたが、同時に不気味でありながらしみじみでありました。はじめには、月を御覧になるごとに泣いてしまいました赫映姫は、いかにも心も知らずに悲しげになりましたけど、天人の恐ろしさや段階の差の違さなどを読み続いて、どうしようもなく鳥肌立てるほど不気味な感じになってしまいました。月の都から追放された赫映姫は、かつてある罪を犯したために、どんな罪でしょうかは詳しく書いてありませんでしたが、どこまで悪くてひどい罪なんで、人間の世界という「汚い場所」に「ほんの少し時間を過ごさせる」ようになるのでしょうか。昔々におそらく牙で造られた刀を振る半妖どもを攻撃しましたのででしょうか。月のあわれなることと翁と嫗の気持ちを同感してこなたこそも少し泣いてしまいましたけど、章の後半についたらどうやら不気味のほうにいつの間に転換してしまいました。

というのは、二つの天の物のことでしょう。まずは天の羽衣のことでしょう。天人はいつも美しく、年を取らず、物思いもあらず、ということで、赫映姫は今まで人間のように嬉しさや不安さという気持ちもありましたのに、その羽衣着される瞬間、翁と嫗を気の毒なという気持ちもすぐなくなり、物思いなども存在することなくなってしまいました。これ言ったら、やはり仏教の最後の状態にみえますよねと思いながら、あらゆる人間の気持ちを奪ったという設定をしたSFなども頭に浮かべて、どうしても本当の幸せにみえませんでした。前も、ある人と不死のことをめぐって語りましたが、話になれなかったのは、その人が森に迷った酔っ払った人のように想像の世界に夢中して、事実などもおもいつけませんでした。その人は、不死になったら、他人の人生が自分の長い人生にてつまらなくならないため興味深い存在にすぎないと見ましたから、こなたはほぼ尊敬しておらず、逆に甚だしく哀れかなと思ってしまいました。

その調子を乗って、まだ語らなかった天の物とは、不死の薬のことでしょう。わざと翁に残しましたのに、翁と嫗はひどく悲しくて病気になっていつも横になるようになってしまったので、帝に参上しようとしましたが、帝の御手についてもおのみになられず、「不死であってもこれから赫映姫を会うことができまいくらいなら生き甲斐なし」とて、仕える人々に箱を預け、派遣してある山の頂点にて焼けと仰されました。ただの物語にや、ただの富士山の名前の説明にや、いかにも妙なことに、普通ならば人が不死欲しがっていても、その願いを叶えられる薬が自分の手にあるときも飲まなかったでしょうか。ただこなたの考えにすぎませんけれど、もしかして、赫映姫の美しさからでしょう、人を壊す衰えさせる美、人の心を歪める美というのでしょうか。

この文章を終える前に、少し数日前に書きました日記には、日本人のふりしている人がいたという、それのみならず自分が赫映姫の生まれ変わりと主張していました。特に皮肉なことに、美しいことに、その主張するのこそが竹取物語の意味を理解できない証拠でしょうか。赫映姫、または天人たちは、こなたとそなたのような人間より上の存在であり、誇りのような人並みの気持ちなど感じていないくせに、自分が赫映姫だと主張したら、同時に日本文化そのものと仏教そのものに失礼になるでしょうか。それに、まだ主張しているのなら、まだ人間の汚い気持ちにひかれて一生赫映姫がごとき存在になれまいどころか、赫映姫から一番遠い場所にいるでしょうか。

木之本桜


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