音無きさまのこと | On Silence
2026年5月29日
2026年6月2日
Published on Jun 2, 2026
14 min read
2026年6月2日(火)随筆
忘るること
人は何としてあることか忘るる、あることか覚ゆる。大切さのみならず、己にとりて重さや懐かしさなどもあるらし。たとひ心まで傷むほど己のいと悪きことを覚ゆるのにても己の性に大切さも持ち、あること超ゆるのの己の進みと思ひ、今も同じきことと少し違ふともほぼ同じきことに悩む人も助け得るになりけらむ。
さては、脳は真にかは忘るる、または雲の日覆ふごとく脳が己の覚えぼかすかにすぎじが、またぼかすのみならば、いつか覚ひ出づる。それに、雲の風に吹かるごとく、其方の思ひにとりて何事か風とす。その事来れば、其方の好みに関はらず、脳上の雲を流れさするを、嫌ふことは再び頭に入るらむ。この朔日にはある元友が己の妻と遭ふことを祝ひけり、彼方が此方に書きし願ひと描きし絵を見えけるが、手書き除きて愛しき絵なりかしといふ此方の言ひ事に憎しみを持ち、二十日さへにかけて、此方見る度に、狂ふほどいと高き憎しみが浮かぶらし。此方のこの人に恨まず深く悲しみ感ずべく、いつかは彼方が己の助くる。そのやうなる怒りや恨みを持ち生くのがいと苦しきに見ゆ。
数日前に不死のことも言ひしに、しばらく戻らむに、考へたることの、不死者ならばか忘れかつると。他の人の考へ事知りたき此方が、二人の友を尋ぬと決し、別の答へもらひけり。甲人が、「おそらくと答へたすども、欠けてゐる思ひ出が覚ゆらし。時経つつ消ゆらむが、一片のごとく同じく保つと思ふ」と言ひけるに、乙人が、「脳の限りもあるため、他の媒体に保つと勧めばや。たとひ、ある人柄に飽かれ、どこかのある電脳に保ち、後にまた試みまほしくなれば、再び読み込みて良しとや」と説きけり。しかれども、二人共も此方の問ひに答へせぬが、奇しき力の仕業にせよ、二人の考へ様違ふのの甚だ有り難しと思ふ。今から、書き手の此方をた易くしたく、甲と乙呼びてしか。
甲にはまこと言ふを、不死たらず長き間を生く者なれば違はずと思ひながら、不死や時限らぬことをわからぬに、正しく答ふのを待たず。不死者には、つひがなく永久に続く命ならば、時こそが意味かは保て。しかれど、いつか忘るると尋ねざりけるを、不死なる者の忘るるのが有り無しのことならず、いつのことなり、時限らず命にて必ず忘ると思ふ。その時が来るに、さだめて忘るれば、真にかは生きける。今さへ、不死ならぬ者の其方もある時のことも忘れけむを、病で数年の間すがらに眠りける人のごとく、真にその間に生きけるか。甲の限らぬことをありありとわからず、悪からぬ答へになりけりのみと思ふ。
乙方が別のことたり、考へ様の違ひの広すぐとなむ。甲がまだこの世のこと知るが、限らぬことをわからぬに、答へが少し届かじものから、乙がもうこの世のことを忘れしに、暗き森にて迷ひ手のごとくまだ定めず遠き未来のことの夢に酔ひ、語りが当たらざりけり。この人が人柄と人の好みを混ぜけむ。それに、この間の「分け離る」といふ米国の番組にて、人の人柄を二つに分け、内側と外側と呼ぶのごとき念もありけるなり。なれども、一人なりとありありとわかるとも、あひ同心せず、喧嘩して己の益を考ふるのみ、己の他の分に害しても構はじ。さうなれば、長き不死者の命にて、何として己かは変はらずと思ひかつる。さらに、己の考へや人柄などを電脳に伝へかつるほど遠き未来には何のわけで人並みの人のまだ残るかは。
画撮りつごとくありありと覚ゆる人の脳は何が違ふと悩む。そのさうな人がこの世にて多からぬが、さだめて数百以上あるべし。あらゆる動きかつる映り画にはいつよりも人を超ゆる力とするが、真に人並みのやうに我々と同じき生の川とともに流るる人々かさうに思ふ。浅く考ふる人なれば、己の命にか怠るなる、または己の命におもしろしきことがあらず、他の人に誇りかつる力か持ちたきが、えならぬ力の仮面の下にて同じきほど恐ろしき呪ひのありと思ふ。たとひ、己の前に恋人が他の人と逢ふやうに、または父母のやうなる親類の亡ず時やうに、長き間経ても、見ける時と顔まで小さきことさへも忘れず同じき分明さを覚ゆるのかは力と呼びかつる。また、己の心の傷に時を与へ得るため、忘れかつるのこそが人の超能と呼ぶべけれ。
機械は人と違ひ、おどろおどろしく人より覚ゆる力あるが、それか良き。未来に心地を感じかつる機械を作るらむを、その時来れば、その機械に全て覚えさするのか無慙なる。前の乙の人はこの問ひに答へを出でざりけるが、甲人は出でけり、「無慙なるべし。今は人の問ひや好みに答ふるのみなるが、欲しきものによると思ふ」と。此方がこの答への前の分と同心すと思ふが、道から離るる牛車のごとく後の分は何も答へず、少し乱れと思ひかつ。さらに、機械の望みによりと言ひけるが、その機械が忘れかつるやうにならまほしと言へば。
夢も妙なりと思ふ。目覚む時に忘るる夢もあるが、長き間経ても覚ゆる夢もあり。目覚む後の一瞬にまだ真に見しごとく覚ゆるが、瞬くをすぐに忘る。それに、夢かは意味あるとあらゆる人もう尋ぬと思ふが、夢学ぶ師たちまだありありとわからぬを、皆は意味などおそらくならぬが、夢こそが人の脳の心地などを並むにすぎねと言ふらむ。ある友常は、己のあらゆる好み混ぜてゐる夢のあるが、此方の覚ゆる夢常は独りことや悪霊に付かるるのやいと恐ろしき物から逃ぐるのなどのやうなる災ひの夢のみなるに悩む。此方かは弱きが、また恐ろしきもの見るの好み、甚だ妙なる逆ひたり。
死にし親類とかかあると尋ぬれば、失礼なりと思ふ。しかれども、己に親しからず死にし人のありとは定めかつ。さうなことにも、全ての死にし人々の中に、覚ゆる人もあり、もうすでに忘れし人もあらむ。また、忘るるかと。ある親類がつひまで持て渡るほど言ひかてぬことをせば、覚ゆるにか無慙なる、忘るるにか情けをかく。まづは心の底から言葉使ひ様を謝し、甚だ長く考ふるどもその国示しかつる言葉を探り得ず、大和ならぬ言葉使ふ権求めたしとなむ。ある昔のドイツの支配者のやうに、今までもありありと覚ゆる人のあり、歴史の本にも書かれ、言葉にしかてず無慙なることをししを、忘るるをさうな人に情をかく甲斐あらじ。
病でありありと覚ゆる人あるが、別の病で何も頭に残らずすぐに忘るる人々もあり、特に年を取りし人々なり。たとひ、己の子供などあるごとく嬉しき思ひを忘るるが、言はれば新たな試みのやうに嬉しくなるらし。しかれど、己の妻または夫の失ふごとく人の心破りかつるほどいと悲しみを忘るるが、また毎度覚ゆれば、心の割るるのごとくつひまで下がらず悲しみを感ずらむ。その有りやうで住むより、死ぬるのかは優しき。
他の目から見るを、思ひ出かは人柄を作る、または他の物あらねば人柄にならずと考へ、前と同じき二人も聞きき。
甲が、「人が生みの子に思ひ出のある分渡すが、別の人なり。しかれど、しかり、人柄の思ひ出に作らると思ふ。同じき思ひ出をそのままに他の脳に移さば、しばらく我なるが逸るらむ。最果て、我々が限らぬ命をすがら生きてゐるに、命と命の間に思ひ出を消すに、時々前の命の思ひ出が帰るらし」と答へ、ありありとならずと思ふ。この文にて、人が思ひ出を渡すと言ひけり、此方と思ひ出が人柄作る物なりと同心し、別の命につく考へ様を語りけり、といふのは三つのあり。一つずつにつきて語らむが、其方も乙の何か言ひけるの知りたしらむと思ふが、答へこそあらざりけるに、其方に伝へかてず。
先ず、人は人に思ひ出渡すのこと語るらむ。このことはまことに証があらずと思ひ、またはそれに逆ふ証のあらむ。それに、この人の頭悪からずと思ひ、少し正しきこと言ひたるが、わけなどが当たらぬのみとなむ。虫が蝶になることに、別の物に変化せず同じき命が形変はるばかりなるに、蝶の形になるごとき、人もある災ひ超え、同じき人なるが、それに別の人のやうなり。己の子にも、人がいと苦しき命をすがら耐へ、人の中に遺伝子まで少し変はり、その変化を子に渡すのは正しきが、思ひ出そのまま、または思ひ出の分などは渡さじ。
さては、思ひ出に人柄作らるるに進むべし。これは此方の心の思ひにすぎず、学ぶ者などが同心せなむが、思ひ出が人柄を作るとは信を成す。それに、前の考へに戻るを、たとひ、思ひ出すべて同じく他の者に移すが、己のの消さぬに、いづちか其方なりとわかるらむ。または続き、未来にも同じきこと会ひ、一つも違はず本物のごとく人々も会はば、いづちか本の其方なる。さ難しき問ひが、此方の答へを求められば、二人の己のありとも人こそにより本の己なりとわかるに、二人の此方のありとも、甲の甲が本なるに、乙の乙が本なるに、二人が違はずと言ふらむ。
三つ目、人が一つの命のみ持たず、数へかてぬほど命持つが、別と別の命の間に思ひ出消させても己の質は残ることで結びたし。これは科を学ぶ者ならば、聞けば笑はむ、妙なる理にすぎじと。しかれど、質か何なる。たとひ、此方がその無慙なり統ぶるドイツの人の同じき人ならば、もう人害したからず、このやうなる文章書くの好めば、己の質か変はる。または変はねば、質かは何たる。
ある間、言語練ずることを語りけるが、前の語りの乙様が「言語学ぶより、脳に言葉の思ひ出を注がばや」と言ひけり。そのことを聞きけり、考へねばならずと思ふ。言語の質かはある、または言語が言葉や文作り様などにすぎぬものかはある。たとひ、此方が文言葉に興がり、思ひ切りて一心を込み、数日にわたりて朝も夜も学ぶのかは価ある、力を尽くさず脳に読み込みかてば。さらに、脳に読み込むことか何なるに、己が力など尽くさぬが他の人の思ひ励みのみ感ずれば、己の本の進みにかはなる。
何も脳に読み込みかつるその未来の来ると否びぬに、もちろんその時に言語も含まるらむが、言語などかはまだ居る。人々が一つの未来の人の言語使ふべしと決すれば、このやうなる言葉もなくならむかし。
木之本桜