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音無きさまのこと | On Silence

2026年5月29日

Published on May 29, 2026

6 min read


2026年5月29日(金)随筆

音無きさまのこと

 語るときに言ひてと聞きてありとわかるべくなるに、言ひてが語りたれば、聞きてか何をすと考へてみるを、語らぬさまならむ。その無言が語らひ人に尊ぶる思ひばかりならず、語り合はせそのものなり。もろ人言ひたきが人は人を譲らずに、喧嘩となり語り合はせたらじ。前に決せぬど、二人順待ち、己が順ならねば言ふまじとわかりて黙すらむ。それに、その人の言ふことに同心せぬに、互に痛みたからぬを、別のわけで同じく黙すべしと思ふらむ。さらに、心をつけず顔の形みることにもぞわかり得るを、口音の無きが顔のいと大きなる音のあるらむ。また、無言にならせらると、他の人に尊びず、己の全きのを一番上に置くだけと思ふ。

 ある曲作る人が、「音曲の音ならず、音の間なるべし」となむ。今もか誰言ひけると皆も同心せぬが、誰の 言ひても伝へけることが変はらぬに、もともと問ふ甲斐のならざりけりと思ふが、此方と同心せぬ方もあらずまじ。音曲にて、音無きのが芸者の休むときのみならず、聞きてもありありと前の音を聞き取り、次の音の構ふるためなると思ふ。さらに、音一つずつにならず続きて鳴せば、曲の上下の流れにならず、騒がしき音に過ぎじ。ならねば、戸鐘の音やは曲と言ひ得。

 人の脳が朝夕いと忙しく働くを、少し止むるときがありか。脳こそのおそらく止めぬが、考へ鎖が止め得らむと思ふ。他の人と語りにより、人並みのごとく生けども脳の中に声や考へがなき人のありと知りたり。此方が脳のか異なるを、絶えず何事も甚だ考へ過ぎて、あることにて人並み以上わかるやうになるものゆゑ、それがか良きことなる、か悪きことなる、此方も知らず。人の心を学びしかば、語るときにせよ、人の言葉読むときにせよ、よし知りたからずとも、人の心などわかると感じぬ。たとひ、あることにつきて語らるが、語らひ人がそのことを避きたきのを心ならず心づきに、何のわけでか避きたきさへもわかるやうになる。

 今、己の寝間に居り、家の周りのた暗き暗闇に沈み、静かに己の考へと起くれど、暗闇にてこそあるものが潜み、他の人の通る時かは待つ。この世のものまでならず、盗みてや危ふき人などもあるらむ。昨日も書きしに、今日繰り返すまじきが、「名無き町」と「闇に囁く者」のごとく、闇にあるものが真にやは知らまほしき。あらゆる動く映り画も同じきことを乗り、音や影に伴ひ、見る者を恐れせむ。それに、闇にものが何のわけでぞ隠したるに、音出でずと決し、すがらに何からか潜む、森にて兎の虎から隠すごとし。それで、其方光がなく闇に何から隠したるときに、その同じき闇にて他のものがあらずと真に信をか成す。をりをり、怖づる音より、音こその無きが更に怖づらむ。

 文章や語りを書くときに、をりをり無言のさまの影をうつしたきが、無言そのものや音が無しと書かず、音こそを使ひ無言のさまを書き得と思ふ。たとひ、砂時計のさらさらと流れ、男が居、己の名呼ぶときを待つと書けば、無言のことを言はぬども、砂時計の音がその屋の音無きさまを強め、無言のさまを伝はるらむ。おもしろきことは音の種により、無言の種も変はるべし。砂時計ならず、心の叩く音を書けば、ただの待ちならず、男の悩みさへ伝ひ得るに、その待たるものがいと大切なりとも考へ得。また他のを試みよ、雀の声を書けば、悩みや漂ひなどならず、静かに休みのごとき待ちになるらむ。

 歴史勝ちてに書かると、何人もわかるべし。力を持ち者が時じくに歴史の本を開け得るに、上書き得れば、何のわけで本の書くことがか正しとわかるべきと聞くらむ。実は、か正しき、か正しからぬ、書きし者ならねば誰もえわからじ。それに、をりをり歴史の本にもなきものがあり、その間にか何のありける。返し上書き者があれば、か何のわけで穴ある。もしいと醜く悪く恐ろしき実たりければ、上書くより歴史から消すべしと決するを、今まで本にて穴にならむ。力の場に立つ者の常は本を変はり得るを、昔へ行き得ぬが、未来にか何が残ると全てを決し得らむ。

木之本桜


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