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不死のこと

2026年5月26日

Published on May 26, 2026

6 min read


2026年5月26日(火)随筆

不死のこと

 人の種が多きども、何人もつひがあり。科学仮想といふ語りにも同じく、何百年まで生く生類もありながらつひを避けず、いつかつひこそも己に如くらむ。二百年まえの世にて、未来が何になれましと思ひ、科学仮想の語りに言葉にしけり。今でも、「科学仮想」といふものが技術や人工知恵などのことを思ひ浮きぬるが、ただ未来のことを書き、未来にて何が起こらましと思ひ遣れば良しとなむ。その考へ様にて、「黄衣王」や「未来からの猫型人工人形」さへも「星々にて戦」と「行列」ほどの科学仮想ならむず。

 此方が考へ、不死なることが真呪ひか喜びかと。数学にて、二つの並行な糸が永久にて合ふと思ひ得。哲学にて、ときこそが一番強きものなり、百種のものをかはり得を、今のことがそのさまに真ならとも、未来にあのことが同じく真なりとはわかるまじ。人が永久の重さをわからず、永久のことさへも考へ得じに、永久のことをた易く言ふのならむ。

 ある人と少し言語ししが、その人が己の言ひ事をわからぬに、此方がただあの人のため悲しさを感じけり。彼方も己の物語を書けるが、その文の言ふことにいと悪しと思ひぬ。その語りにて、遠き未来のときに、其方が不死に高き知恵を持つ者なれば、他の人並みの人の考へをわかり、その人を己の一番正しく痛みがなきさまんに導くべく、あの人の生にて恋人にせよ、友にせよ、父母のごとき者にせよ、のやうなある役を果たす「導く天使」といふ命になるかと問ふ。同じき通信会にて、この選びこそが忠実心なりと思ふ人がお多けれども、真にやは忠実心なる。少し考ふれば、それは真に忠実心ならず、あの人の心を敷き、人形のごとく操り、己の楽しく悪き好みになるのみと思ひ、それがかは此方の欲しき未来なる……

 此方の心も知らず、不死なることを。もともと不死とは何と聞く者も多からず、人のことを考ふばかりが、そもそも不死といふ言葉が人のことを言はずらむ。たとひ、千年前の人の書きしことが今まで残り、その書きしものこそが不死なると思ふ。でも、いつかそれも忘られ、不死ならずとなり得ば、そもそも不死たりけむ。それに不死になり得ことたらず、不死のことが居りか居らずかのことたりらむ。

「不死にかならまほしき。または数百年がか欲しき」とある人が尋ねけり。

「あらゆるものにより」と此方が答へけり。

「では、良しと感じ、隙があり似非ならずと」

「隙こそがさだめてわからずと思ふ。隙や何とす。不死なる者の此方の目からして、たとひ隙のあるとも、ときが経るべしと知り、此方のいと長き命にて、何の隙も経らむ。そもそも、遠き未来にて、隙といふものがどこからとか思ふ。他の不死ならず者を戯るるのが其方のか好みなる。」

「隙とは争ひやその争ひを解くたり。動画遊びにて、すべてが良からず、争ひなどがある人としたきごとし。それとも、人並みを戯るるのが不死になるとも、ゆめゆめやらず。」

「不死なるに、ゆめゆめやらぬものがありまじ。ときが経、そなたの心も変はるべし。さらに、不死なる其方の目から、ときこそがか何と思ふ。長きときを経とも変はらずと信を成すわけがかある。」

「さうなり。定まるのが良し。」

「不死なる者に、定まるさまがあらず。」

ここまでがあの人も答えぬに、別の語りに移しけり。今もありありとわからず、不死なることが良しか悪しかと悩む。一択を選べさすれば、おそらく不死なることが呪いこそと言ふ。不死といふ言葉も永久の若さを含まぬが、如何なれや人がそれも含むと考ふのがわからず。痛みをか感じ得る。痛みを感じ得れば、不死になるのを選ぶものが永久の痛みを選ぶごとし。それに、痛みを感じ得ぬれば、其方の生が何とか思ふ。不死なる其方が己の愛しき親類の死ぬるときがか耐へ得。それにや真にならまほしき者が己の今生にて悲しく独りなるらむ。それのため、そのやうに思ふ人にいと心苦し

木之本桜


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