音無きさまのこと | On Silence
2026年5月29日
2026年5月24日
Published on May 24, 2026
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2026年5月24日(日)随筆
文学のこと
幼き頃、文章を書くことが好みけり。あらゆることを語りたきけるを、何も書き得けむ。異な人たりき。小学を出でてもある師が此方のノートを忘れ形見とし残してしに、後の子供に見やまほしと思ひけり。今なればそのノートの中にて此方が何を書きしのか己も覚い得じに、一つなむ覚ゆ。あのさま、父主が今の働くことと違ひけり、空船長になりたからし方が毎日、汗になるばかりにある空船擬態機を使ひ練じけり。此方の文章にて、「父母のことを言ふ」といふ言ひ事にこの直人の影を語りけりと決しけり、「父の心を尽し、目にて一心になり、疲れし骨様の手が運転柄を手握り、画面を通ひ、構へて空船を移して下ろさせき。終はれば、父の額にも汗が出で、はっと息を取り、やうやく運転柄を離れけり」といふ影を思ひ遣りけるまま、書きてき。読み手のそなたが恐らくは美しからずと思ふらむ。
高校に入りし後、今さへわからぬが、だんだん文学のことに恨みを持つやうになりにけり。師のわけにせよ、此方のわけにせよ、わけ無きのごとく好み得じ。あるさま、今まで心憂がる。「網人と金魚」といふ語りのことなりけり。ある日、ある網人が海にて漁りけるが、一疋の魚を取りにけり。魚が己の命を助きたく、逸らせばあらゆる望みを上げ得と男に言ひけり。語り得る魚のさまに恐ぢ、何も聞かず放ちてけり。自在に帰る男が己の妻に語り成しけるが、妻が海に帰れ、魚に新たな槽を求めよと言ひけるを、魚が嬉しくその小さき叶へけり。次々、宮殿に居まほしく、尊者の女にならまほしく、領主にならまほしく、国主にならまほしく、果ては魚も領きたくち、海こその主にならまほしく、妻が多く求めけり。果ては、魚が妻の貪欲を治するため、破らし槽まで一気に取り戻してけり。さういふの語りなり、貪欲に応ひ、毎回夫が海に出でるとき、海の嵐や波などもさらに強くなるといふ気づきけるに、いと嬉しく師に見ゆべしと思ひ、「聞き手の書きたき景色に過ぎずかし」と言はれけり。
また他のさまもぞある。中学の頃たりけり。あるさまのことを言ふ文章を書くといふ皆も知るべきものなり。そのときが「心につくものにつきて」といふ言ひ事なりけり。このやうな文章が真実に書く要が無きを、ただ学生の書く様を練ぜさしたしのみと思ひけるに、うちの近き公園にてある古き木を守るといふ語りを書きてけるものの、此方の友伴に笑はす語りのやうな読経ししを、笑はれていと恥づかしくけり。帰る時にも、「己が何を守るべしとやは。真に悲しとやは」といふのが此方の心も傷つきにけり。そのさまから、たとひ何がありとも一生に書かずむと決しき。さだめてもう要が無しと思ひ、小学頃からの書きし本さへも捨ちけり。このことを思ひ嘆き、今にまた会えば一気に手平でたたくばかり悲しみが浮かぶ。
木之本桜