音無きさまのこと | On Silence
2026年5月29日
2026年5月23日
Published on May 23, 2026
5 min read
随筆 2026年5月23日(土)
人種差別につきて
この度、ある人と語るさだがありけり。この語りこそが今言なるに、をさをさ古言を避くべしと思ふ。得限りに心をなむ付くが、をりをり今言を使ふのを心にかかれでと祈る。
さだめてトランスジェンダーのことを知るらむと思ひ、再び定義などを言ふべからず。この間のある即時通信会にて、新たなる「トランスレース」といふ概念が生まられけり、己の民族に不満を持ちて、別の民族にならまほしき人々なり。此方トランスジェンダーのことも知り、彼方の心もわかると考へ助きたしと思ひながら、あえて彼方が此方の心をわかり得じと心づきぬ。
心理学にて、あらゆる言葉を覚え浮かぶ。「世間中にて己の痛みが一番なりと思はむ」にや、「己のすでに信をなすことに、朝夕心も知らずわけを求むべし」にや、「他の人に指一本を指す者が己に三本を指すなり」にや。さらに、白人こそが今の世間の標準となることを見得ず、己の言ふことがどれだまで悪し様なるのもわかり得ずらし。その人の言ひし言葉をそなたに伝てむ。
「同心せしのも心をかからずとなむ。トランスジェンダーと同じく、性別差別にまれ、変形するのにてぞ甲斐がある。人種を変形得れば、人種差別にもまれ、考はずすべし。我の心に合ひ得やうになりが。」
此方のトランスレースといふのに不満に答ふ白人の言ふことなりけり。あの言ひしこと一層に人種差別が溢れれしのを知らずと思ひ、あの方に恨みを持たずむ。此方の越南の人に、「トランプに、米国にて越南より苦しく生けり」と言ひて、此方のいと怒りを感ず。それで、また「有徳人のみこそに金の川が流るれ」と言ひて、「五十年前はともかうも、今なれば、さだめて米国人より寛ぐらむとや」と終わりけり。
もともと思ふことが違ひ過ぐらむ。その論理を破る方法が多しと知れども、何から始むべしきのはわからず。たとへ、50年前には1976年なりしかを、越南解放のたった1年後なりけり。その時に、歴史書にて、米国の人が己の自由のために戦ふ要もあらずしかに、米国こそが越南を入植しける。皆の国がそれぞれその国の物があるとなむわかるが、この比べがいと悪しと思ひ得。
「たとひ、ゲームを買はまほしき越南の者が十時間働きぬべしといひながら、米国人なれば三十分ばかりでよし」と此方が言ひけり。「唯。でも、蓄ふののいと難し。それで人並みの甚だ大きき分なり。もっと高き飲食と家賃と運転を払へば残るものも無し。旅をする時や輸入せらるる品を買ふ場合のみに益があり。でも、米国の人並みのそんなことが得ず」と言はれけり。
これまで読み手も此方の怒りをわかるらむとなむ。経済学にて、「対比的売買力」といふものがありありと書かる。国に住む者が、その国の金を使ふの然るべしとや。そもそも、高しか高からずかも物の質による。さらに、越南の人並みは何とも考へ得ずらし。そのことこそが人種差別の証となり得れと思ふ。
木之本桜